宣教題 ガリラヤへ
マルコによる付近書16章1-8節
今年もイースターを迎えます。イースターとは主イエスが十字架の上で殺され、三日後に復活したことをお祝いする日です。この出来事は4つの福音書の中に記され、少しずつ違った表現が用いられています。 しかし、どの福音書でも、ガリラヤから主イエスに従ってきた女たちが十字架の最後を見守り、そして復活の朝に墓が空であることを体験したことが記されています。
女たちは、数に入れてもらえない存在ですから、主イエス一行の様々な物語の中で、彼女たちの働きは記されていません。しかし、主イエスが捕らえられた後は、逃げ出した男の弟子たちの代わりに、彼女たちの証言によって主イエスの十字架の上での叫び、そして復活の朝に、墓の中に聞いた言葉が伝えられていったのでした。
主イエスに油を塗るために出かけた女たちは、墓の中で、「あの方は復活なさって、ここにはおられない。」という言葉を聴きます。主イエスに期待し、従ってきた人々にとって、十字架の死は、全てが終わり、闇に閉ざされたと思ったことでしょう。しかし、主イエスは死から復活され、十字架の死から勝利されたのです。神の御子が初穂として復活された出来事こそ、闇からの勝利、死からの解放なのです。そしてこれこそが、現代社会に生きる私たちにとっても、罪からの解放、救いの出来事なのです。
さらに女たちは「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。」と聴かされます。ガリラヤとは、彼女たちが苦しみの中で主イエスと出逢い、痛みを癒され、疲れや重荷を分かち合うことのできる共同体に招かれた所でした。この世がどんなに闇に覆われたとしても、私たちは日常の場で、今も生きて働かれる主イエスに出逢うことができます。私たちが続きの希望の物語の証人となるかは、私たち次第なのでしょう。