礼拝

エフェソの信徒への手紙 2章14-18節 『キリストの平和』 牧師 武林真智子

エフェソの教会における隔ての壁は律法でした。そこには神の律法はまずイスラエルの民に与えられ、異邦人を除外するとした解釈があったのでした。しかし、主イエス・キリストの十字架の出来事によって、神の救いはすべての民のものとなったと使徒パウロは語ります。この考えに至るまでに彼自身が復活の主イエスに出逢い、自らの持っていた隔ての壁を、主イエスによって壊され崩されたことが大きく影響しているのでした。

主イエスの十字架の出来事は、敵意を滅ぼすためと使徒パウロは確信をもって語ります。そしてキリストは二つのものを一人の新しい人に造り変えて平和をもたらしてくださったと示していきます。当時主イエスを信じる共同体を迫害する人々、すなわち敵はユダヤ人でした。そこには自分たちの民族こそが神に選ばれた民という意識によって自分たちで隔ての壁を築き上げていたのでした。

神はこの世に様々な民族、人種をお造りになりました。それは違いを超えて互いに愛し合うことができると人間を信じてくださったからと思えるのです。しかし、人間はその違いを利用して分断し、差別と偏見を植え付けてきました。違いを浮き彫りにし、敵意を煽り、憎しみと悪意の連鎖が引き起こされています。

私たち自身も自分で作りあげた偏見や差別意識によって隔ての壁を抱えています。本当に私たちが平和を望むなら、まず主イエスをこの世に贈ってくださった神との和解を求める必要を感じます。神を信じるとは、自分だけでなく敵もまた神によって創造されたことを知らなくてはなりません。自分だけで、平和を求めることは極めて難しく、主イエスの十字架の元へと共に静まり、キリストに作り変えていただきましょう。

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