礼拝

『どんな徴が』 マタイによる福音書24章3-14節

主イエスがこの世に遣わされた頃、エルサレム神殿は、誰もが見上げるようで壮大で華麗な姿でした。人々は神殿が永遠に続いていくと信じていました。しかし、この福音書が記された頃には、ローマ帝国の侵略によって神殿は崩壊し、街は荒れ果ててしまっていました。弟子たちは主イエスの再臨と世の終わりが来ることと重ねて受け止めていったのでした。そこで、世の終わりが、いつ起きるのか?どんな徴があるのかを尋ねるのでした。

主イエスは、いくつかの出来事を示されました。「私がメシア、救い主」と偽キリストが現れ、人々が惑わされるようになること。戦争や戦争の噂を聞くことになること。方々に飢饉や地震が起きること。まさに現代社会において、主イエスが預言されたことが、私たちの周りに起きています。しかし、主イエスは「惑わされるな」「慌てるな」と語られるのです。

最も注意すべきことは、主イエスを信じる共同体が迫害され、互いに裏切り、憎みあうことと言われます。偽預言者が現れて人々を惑わし、神の律法から離れ、多くの人の愛が冷えてしまうことです。私たちが救いに預かることができたのは、まさに神が先に私たちを愛してくださったことに立ち返っていくことが求められます。

近年、キリスト者の減少を憂いて、様々な宣教方法や、教会組織の改革などが聞こえてきます。しかし、最も教会に与えられたことは魂の救いであり、福音を伝えることであることを改めて確認しあいたいものです。御言葉を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを続けなさい(Ⅱテモテ4:2) 主イエスは様々な不安な出来事が起きても、世の終わりが来ることに思い煩うのではなく、耐え忍んで希望に生きるようにと言われるのです。

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