今日の聖書箇所、教会学校でも共に学びましたが、ダビデが 「神の箱」をエルサレムへと運び移そうとするその様子が書かれてあります。
「神の箱」とは、出エジプトの時代に、神様がモーセに命じられて作られたものです。その箱の中に最初入っていたのは、十戒の書かれた石の板2枚、マナを入れた壺、アロンの杖でしたが、ソロモンの時代には、列王記8:9「箱の中には、石の板2枚のほか何もなかった」 と記されています。
十戒の石の板は「神様との契約」を表し、マナの壺は「神様が日々養ってくださること」を表し、アロンの杖は「神様が選び、権威を与えられていること」が表されていました。
イスラエルの民が「神の箱」を大切にしていた理由には、神様から与えられた契約がその中に入っていたからでした。つまり「神の箱」とは、神様の契約を納める箱で、単なる聖なる物を納める箱ではありませんでした。
「神の箱」は20年の歳月の間、キルヤト・エアリムの町に静かに置かれていました。その20年の歳月が過ぎ、ダビデ王の時代となって 「神の箱」 がついにエルサレムへと移されることになりました。本日の聖書箇所に入ってきます。
エルサレムはダビデが王となったときに新しく都とされた町、ダビデが神様を礼拝する中心の町として選んだ場所でした。神様を礼拝する民の真ん中に置こうと、エルサレムへと移動がされます。
ダビデは「神の箱」をエルサレムに迎えることで、この国は王である自分の国ではなく、神様が治める国であることを示そうとしました。ダビデの信仰の深さを思います。ところが、その「神の箱」を運ぶ途中で事件が起こりました。一見、何も悪いことをしていないように思えるウザの行為です。この事件をどのように受け止めるのかが問われているのでしょう。