礼拝

『預言者の働き』  サムエル記下 12章1〜15a節  牧師 武林真智子

 ヘブライ語聖書において、サムエル記は前の預言書の中に入ります。サムエル記下では、預言者サムエルではなく預言者ナタンの働きが記されていきます。サウル王に続くダビデ王は、ユダヤ民族において特別の王であり、その末裔に王国をゆるぎないものとする者が出現するというナタンの預言(7:12)は、手渡されていきます。
 サムエル記下11章、12章では、彼が王の絶対的な権力を用いて、出エジプトの民が神より与えられた「十戒」の中の後半部分をすべて逸脱していったことが記されています。神との信頼関係を失った人、民族、国がどのように滅びていったかを熟知した人々が、この著者であることに注目していきたいと思います。
 いまだに、聖書に記された「罪」を、私たちの日常における「犯罪」と混同して捉えてしまう読み方に陥ってしまう人々がいます。「罪」とは「的外れ」という意味を持ち、神と人との関係性が崩壊したことを現わします。聖書は繰り返し、人が自分本位、自己中心になって、神を必要としない生き方へと誘惑され、そこから滅亡へと繋がっていくかを描きます。
 主は、預言者ナタンはダビデ王の所へ遣します。彼はダビデに二人の羊飼いのたとえ話を語ります。ダビデは、その内容がいかに不条理で理不尽であることに怒りをもやして叫びます。「主は生きておられる。そのような男は死ななければならない」つかさず預言者ナタンは「それはあなたです。」と示していくのでした。
 不完全で欠けの多い私たちも同じように、どこかで自分本位、自己中心の誘惑へと陥る可能性を秘めていることを思います。だからこそ、神に立ち返ることのできる道が、主イエス・キリストによって備えられていることを共に感謝したいものです。

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