礼拝

『幸いを返してくださる神』 サムエル記下 16章5〜14節 牧師 武林真智子

 息子アブシャロムの反逆を知ったダビデはエルサレムから逃げることとしました。ヨルダン川へと降るバフリムという場所で、サウル家の一族のシムイという男が出てきて、呪いの言葉を吐き、ダビデと家臣全員にむかって石を投げつけるのでした。
 シムイはダビデを血にまみれた男と呪い、サウル家のすべての血を流して王位を奪ったこと、主が王位を息子アブシャロムにわたされること、さらに血にまみれて、災いが降ると叫ぶのでした。家臣アビシャイがシムイの首を切り落とすことを提案しますが、ダビデは「主がダビデを呪えとお命じになった」と、呪わせておくように指示するのでした。
 さらにダビデは「主が私の苦しみをご覧になり、今日の彼の呪いに代えて、幸いを返してくださるかもしれない」と語ります。ダビデが思い起しているのは、自分自身の罪であったのかもしれません。バト・シエバの夫ウリヤを殺害したこと、息子アムノンの性暴力を見過ごし、殺害したアブシャロムとも対面を避けたことなど、シムイの言葉以上の罪の重さがダビデの言葉の背景に見えてきます。
 私たちも受け入れがたい批判や悪口にさらされるとき、反撃したい思いに駆られます。しかし、そこで攻撃している相手、さらにその出来事の背景にある主の御心を探ることが求められるのです。主イエスの弟子がゲッセマネの園で大祭司の息子の耳を切り落とした時に「剣を鞘に納めなさい。剣を取るものは皆、剣で滅びる」という主イエスの言葉を深く受け止めていきたいものです。

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