礼拝

『僕(しもべ)は聞いております』  サムエル記上3章1〜18節  牧師 武林真智子

 本日の聖書箇所は、少年サムエルにむかって主なる神が語りかけてくださる場面です。サムエルは母ハンナの祈りの成就として命が与えられ、乳離れしたのち、祭司エリに委ねられた子どもでした。しかし祭司エリの息子たちは、人々がいけにえを献げようとする間に横取りし、幕屋の入り口に仕える女たちと寝ていることで、大きな罪を犯していました。それによって、神の箱が安置され、神のともしびが消えていないのに、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれになっていたのでした。
主なる神はサムエルを呼びます。少年サムエルは応答して「ここにいます」と言って、祭司エリのもとへ走っていきます。しかし、主の言葉が彼には示されていないために、気づかないままに、何度も祭司エリへ応答していくのでした。ようやく、エリはサムエルを呼んでおられる方が主なる神であることを悟り、サムエルに言葉を授けます。そして「どうぞお話しください。僕は聞いております。」の言葉によって、預言の言葉が届けられ、預言者サムエルが誕生していくのです。
 聖書が語る神は、言葉によって天地を創造され、言葉によって人間をかたち造られた方です。神から離れ、別の神に仕えようとするイスラエルの民にむかって、繰り返し預言者を立て、神に立ち返るように神の言葉を届け続けた方です。預言者サムエルの誕生には、自らが神の言葉を認識し、受け止めるために「聞いております」という自らの応答が必要であったことを思います。現代社会における教会で毎週のように宣教がなされ、聖書が朗読されていきます。しかし、聞く私たちが神の言葉を認識し、受け止めるための準備がされているかどうかが、問われているのです。

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